東日本大震災から はや6年…
あの日とあのときのことが つい先日のことのように 思い出されます


南三陸町 2011年3月14日~15日



海抜10mほどのところにあった 特養も 室内へ2mを超す海水が入り込み
多数の方々が犠牲となりました。



海から離れた町の合同庁舎も、3階まで完全に…

このときできたことは 唯一
津波で犠牲になってしまった方の 捜索と発見…
そして、 活動を阻止するかのような 福島第一原発の爆発情報…
悪夢の連続…。
翌年の2012年、 陸前高田、気仙沼、南三陸町へ 慰霊に訪れました。

陸前高田の 奇跡の一本松

現在は レプリカに置き換わっているようですが、 このときは まだ枯れた松がそのまま保存されていました。

震災遺構とするかしないかで 議論のあった 気仙沼の街中に流されてきて残った 第十八共徳丸

この後、 解体されて…
もうこの現実を 目にすることはできなくなりました。

南三陸町の防災庁舎は 保存が決まり

震災時、 大津波の海面は この庁舎の屋上の上まで到達しているのです。
現在、 周辺には 高台が造成され、 風景は この写真とは大きく変貌しています。

2012年のさんさん商店街は仮設です。
今年、 造成された高台に移設され、 ニュースで特集されているように 本格的な営業が開始されました。


今も 被災した多くの方々の
熱い思いと 努力が 続いています。
訪問してくれた方
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あの 東日本大震災、 当初 「 東北関東大震災 」 と 呼ばれていた…
あれから3年…

津波被災地は

想像をはるかに超える 惨状だった…
捜索犬も

活動したけれど
津波の破壊力と水難攻撃は、 生存の可能性をことごとく打ち砕いてしまった。

忘れまい
自然の 驚異と 脅威を
常に 畏敬の念をもって
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スイス救助犬 REDOGとの交流再び Ⅴ
瓦礫捜索の現場で協働作業するテクニカルサーチ。
多くの実践経験と犬の行動学から得られた現場対応のミッションは
学ぶべき知見がたくさんあります。
スイス救助犬 REDOGとの交流再び(つづく)
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スイス救助犬 REDOGとの交流再び Ⅳ
組織体系はしっかりしています(当然ですが…)。
実際の活動の流れなどについて説明がありました。
豊かな経験から導かれた、
多くの知見、内容がちりばめられていました。
スイス救助犬 REDOGとの交流再び(つづく)
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スイス救助犬 REDOGとの交流再び Ⅲ
REDOGの成り立は
捜索目的に合わせて、5チームに分かれて活動を行っているそうです。
いろいろなレベルがあって、その中で
精鋭的なグループが
リンダさんたちのグループです。
しかしそれらは、
組織的分業がしっかりできていて
羨ましい限りの救助体制「先進国」であることを知らされます。
実際の捜索現場では
犬による「嗅覚」捜索と、音や映像による「テクニカル」捜索が併行して行なわれます。
捜索現場をイラスト化した、協働作業のイメージ。
スイスでは、捜索救助という作業の中に
「捜索犬」(嗅覚によいる捜索)が重要な仕事の一員として、
「当たり前」のこととして組み込まれています。
スイス救助犬 REDOGとの交流再び(つづく)
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