トレンチ(Trench)から臭いを探る試み
雪面に溝(トレンチ)を掘り(実際には20~30cm程度)、臭いを探らせる試みを提案して、積雪層川縁を中心に 1.5~2mくらいの間隔で作業に入ってもらいました。

深い溝とは違い、比較的短時間で溝を掘ることができますが、たくさんの溝を掘るためかなりの労力が必要になります。一定のエリアに溝を掘ったあと、チャンスがそこを捜索する間は休んでもらいました。

溝はもちろん、周辺を含めて何度も臭いを探らせました。

チャンスの行動、仕草を十分注意して観察し続けますが… 雪面、雪中から「何かを感じる」明確な反応が見られません。


岩の周辺では「なんとなく」程度の「気にする」仕草を断片的にするのですが、雪面でスクラッチするといった反応は見出せませんでした。
難しい読み
岩に登ろうとする動作を何度かしましたが、トレンチが岩の付け根付近に及んでいるために少し躊躇する様子も見られました。その動作が何を意味しているのか、悩みました。
「消失点下部の融雪水からの臭い」を感じているのではないか…。
雪面を中心に「明確な反応がない」中、対岸の消失点下部の積雪に「臭いのもと(遺体)」が存在し、その下を流れる水を伝って臭いが出てきているのではないか…。
そんな心理が働いてしまう状況でした。
そして、その見方は可能性の一つではあっても、結果的には「誤った推理」となりました。
北ア抜戸岳雪崩遭難者捜索再び Ⅱ
消失点から吹き飛ばされた対岸エリアの再捜索
捜索関係者と「どこを捜索するか」を相談し、消失点から吹き飛ばされ対岸で2月に発見されたKさんの位置を中心としたエリアを捜索することにしました。
天気は快晴に近く、気温も上がり、強烈な陽射しが襲い掛かります。
前回と同様に、融雪が進む川縁近くを中心に「臭い反応(臭いの出)」がないか探ることにしました。
川縁周辺を何度も探らせましたが、はっきりした反応は見られません。
大きな岩を中心として、積雪と川との縁付近を丁寧に探らせました。ときどき、川近くを気にする仕草がみられたので、川床にも降ろして臭いを探らせました。
「どこが気になるのか」「どこから感じるのか」読み取れません。
岩の周辺から川に向かって「何かを感じている」様子は、もしかしたら… 対岸(消失点から続く積雪)の融雪水に含まれる「臭い」を感じているのでは… という考えを起こさせました。
対岸の崖から融雪に伴う水流が見えていたからです。しかし、これはあとから考えれば「余計な推理」でもありました。
消失点から「どうなったか」を考えるとき、発見された1人と「同様(吹き飛ばされた)」と考える確率と、「もしかしたら(吹き飛ばされていない)」と考える確率を比較したとき、確率の大きい方をより重視(徹底)すべきである・・・。
それは、後で反省することになります。
気にする大岩周辺の沢床に降ろして、「よりはっきりした反応」を期待しましたが… 読めるほどの反応はありません。
嗅覚捜索の開始からさほど経たないうちに、雪中に赤いものを視認。
掘り出すと、それは手袋でした。
捜索関係者に「手袋発見」を伝え、捜索に関わった人のものか、それとも遭難者のものか確認してもらったところ、「遭難者のものらしい」遺留品であることがわかりました。
軽い手袋は、遭難者から離れていてもおかしくはありません。発見位置から上流に向かってプロービングが行われました。
その間、引き続きチャンスに上流側エリアの捜索を続けてもらいました。
しかし・・・ 反応は得られませんでした。
川縁周辺の捜索を一段落し、しばらく休みました。
休憩中、雪中の臭いをどのようにして感じ取らせるか・・・ 捜索エリアを眺めながらいろいろと考えました。
プローブによる穴もその一つですが(雪中の臭いを出す試み)気流が川床に吸い寄せられれば臭いは出てきません。
深く掘れば、その場の臭いは出やすくなります。しかし、どこを掘るか・・・ 人力と時間に限りがあって、「ここ」という目星がなければ頼りは「運」だけになります。
いろいろ考えた末に、20~30cmの深さの「溝を掘って臭いを探る」ということを提案、捜索関係者に協力をお願いすることにしました。
「雪面よりは臭いを感じやすい」であろう、という程度のものですが、何もやらないよりは・・・。
とにかく、試すしかない・・・ という思いからでした。
4月29日の解体中建物利用瓦礫捜索訓練を終え、家に帰り着いてまもなく山の荷物を車に積んで夜の9時出発。中央道を松本に向かいました。
今回の捜索は、4月4~5日行った雪崩遭難者捜索現場での再捜索活動となります。前回の捜索から25日が経って積雪はかなり減り、埋没者の臭いも出やすくなっているだろう…という期待もありました。
静岡山岳会の関係者も、4月29日から5月6日までの間交代で捜索に入ることになっていて、チャンスはその一員として4月30日と5月1日の2日入ることになりました。
松本から上高地に続く山道を進み、安房トンネルから平湯、そして新穂高温泉へ。
午前1時すぎ新穂高温泉手前、満天の星空の下の駐車場に車を止め、シュラフにもぐりこみました。
4月30日
6時、左俣谷への林道基点近くにあるニューホタカ(宿)の駐車場で静岡山岳会の2名と合流。
山支度を整え、6時52分出発。
林道の残雪はほとんど解け、歩行もだいぶん楽に感じます。

アプローチ前半の林道とその残雪(左)。前回(4月4日)の様子(写真右)とくらべると雪の量の違いが明らかです。

ワサビ平小屋手前のデブリはまだ顕著ですが、周辺の雪の状態はすっきりしています(左)。写真右は4月4日の様子。
ベースキャンプ(BC)
捜索のためのBCは、前回の小屋隣からさらに600mほど現場に近いところに設営されました。
8時34分、昨日から入っていた4名と合流し、テントを増設。

捜索現場に向かう前に、水難用シグマシュードを溶解。

捜索前の意識付けと、捜索途中で時々与える「達成感」のために、今回も通常シグマとの二本立てで準備しました。
雪崩遭難現場再び
9時12分、捜索現場に向かいBCを出発。
雪崩遭難現場への途中にある巨大デブリは健在でした。少しずつ解けつつあることは確かですが、日に日にその硬さを増している大きな雪の塊です。
デブリの山から見る遭難現場も、前回と大きく様子を変えています。
これだけ雪が少なくなっていれば、発見につながる「きっかけ」は、どこかに存在していてもおかしくない…
そう思いながら現場に入って行きました。
捜索を終えて

残念ながら、行方不明者発見に至りませんでしたが… お疲れ様でした。

捜索現場から再びデブリを乗り越えて… BCに向かいます。

雲がどんどん切れ、強い陽射しが降り注ぐようになってきました。

ワサビ小屋の母屋の雪は降ろされていましたが、それ以外の屋根にはまだ1m以上の雪が…。

ベースキャンプ撤収。

再び重い荷物を背負って… アプローチ復路を行きます。

ワサビ小屋下流のデブリ越え。

林道脇まで押し寄せるデブリ。

帰路の道はいつも長く感じられます。

アプローチも終盤。強い陽射しは雪面からもやってきて、初夏の様。

最後の小休止。もう一息です。

ようやく駐車場に到着。
2日間にわたる捜索は、深く圧密された積雪と嗅覚捜索を阻む雨などで、期待に答えられなかったことが残念でしたが、今後も発見に向けたお手伝いをしたいと思っています。
北アルプス抜戸岳雪崩遭難者捜索 END
北アルプス抜戸岳雪崩遭難者捜索 Ⅹ
雪中に留まる臭いを出す試み
雨などの影響で、雨水と積雪の一部が融解して流れ落ちる融水は、臭い物質を積雪下部から沢床に落としてしまうため、雪中の臭いを雪上でとらえることが難しいということがわかっています。
同時に、地面付近や沢床を流れる流水や気流とともに臭いが下流域でとらえられることも原理的に考えられます。
積雪層内に存在する氷板層(臭い移動の遮蔽作用)の多重構造、そして雪面付近の雨水による臭い消作用という悪条件の中から、深部の臭いを感じ取らせる方法はないか…。
チャンスの作業を見ながら、中の臭いを取り出すために「穴を開ける」そして「中から気流が上がってくる」条件を考えてみました。
その原理をイメージすると下図のとおりです。
目の前の積雪は3m未満。プローブ(ゾンデ)で沢床まで突き通すことができる。
結論として、捜索エリア内にたくさんの穴を開ければ、沢床との間に「通気」が生まれ、臭いが出てくるかもしれない… と期待し、試みを行うことにしました。
しかし… 通気孔から上向きに気流が上がるとは限りません。沢床に向かって雪面付近の空気が下方に流れるかもしれません。そうなると、雪中からの臭いを感じ取ることはできなくなります。
チャンスを捜索エリア外に待たせ、捜索したいエリアに何箇所ものプローブを沢床まで挿し、通気孔をつくるべく歩き回りました。
穴を開けたエリアにチャンスを出して探らせます。
しかし… 残念ながら、これといった反応は見られません。
やはり、臭いは上がってきていないのか、あるいは「臭い」そのものが存在していないのか… 結論は見出せませんでした。
その後しばらく休ませました。
その間、プロービングによる捜索は上部に移動、チャンスによる嗅覚作業エリアと交代する形になりました。
限られたエリアだが… 難しい
雪崩遭難現場は山の捜索から考えればかなり狭く限られたエリアです。
しかし、埋没から日数が経ち、あらたな積雪で埋められた雪面は、深い瓦礫や土砂埋没と同様に「臭いがとれない」難しい捜索の一つかも知れません。
左俣谷左岸の斜面を少し登ると、遭難を起こした雪崩谷全体が見渡せます。
V字谷から扇状地が生まれる地形に似ていました。
行方不明のTさんは、この写真の下半分以下のどこかに… 埋まったままです。
なんとか… 早く見つけてあげたい… と思うばかりです。
まだ穴を開けていないエリアで、再びランダムなプロービングを行い、チャンスの鼻に委ねました。
やはり、はっきりした反応はありませんでした。しかし、わずかに気にするポイントがあったため、試しに少し掘り起こし、再び臭いを探ってもらうことにしました。
積雪層上部には、やはり顕著な氷板層が存在していました。
残念ながら、ここでも「臭いを気にする」反応はありませんでした。
捜索活動を終了し、融雪を促すための木炭末散布が行われました。
荷物をまとめ帰路に向かいます。
臭いの出にくい積雪状態の中の捜索は難しい… ということはわかってはいても、良い条件(機会)が生まれることも十分あり得ます。
「冷たい雪の中から、早く見つけ出して、助け出してあげたい… 」
そんな、ご家族や捜索関係者の気持ちに答えられたら… そう願いながら「犬の力」「チャンスの鼻」に期待しての捜索でしたが、残念ながら今回はその「導く条件のカギ」は開きませんでした。