北アルプス抜戸岳雪崩遭難者捜索 Ⅹ
雪中に留まる臭いを出す試み
雨などの影響で、雨水と積雪の一部が融解して流れ落ちる融水は、臭い物質を積雪下部から沢床に落としてしまうため、雪中の臭いを雪上でとらえることが難しいということがわかっています。
同時に、地面付近や沢床を流れる流水や気流とともに臭いが下流域でとらえられることも原理的に考えられます。
積雪層内に存在する氷板層(臭い移動の遮蔽作用)の多重構造、そして雪面付近の雨水による臭い消作用という悪条件の中から、深部の臭いを感じ取らせる方法はないか…。
チャンスの作業を見ながら、中の臭いを取り出すために「穴を開ける」そして「中から気流が上がってくる」条件を考えてみました。
その原理をイメージすると下図のとおりです。
目の前の積雪は3m未満。プローブ(ゾンデ)で沢床まで突き通すことができる。
結論として、捜索エリア内にたくさんの穴を開ければ、沢床との間に「通気」が生まれ、臭いが出てくるかもしれない… と期待し、試みを行うことにしました。
しかし… 通気孔から上向きに気流が上がるとは限りません。沢床に向かって雪面付近の空気が下方に流れるかもしれません。そうなると、雪中からの臭いを感じ取ることはできなくなります。
チャンスを捜索エリア外に待たせ、捜索したいエリアに何箇所ものプローブを沢床まで挿し、通気孔をつくるべく歩き回りました。
穴を開けたエリアにチャンスを出して探らせます。
しかし… 残念ながら、これといった反応は見られません。
やはり、臭いは上がってきていないのか、あるいは「臭い」そのものが存在していないのか… 結論は見出せませんでした。
その後しばらく休ませました。
その間、プロービングによる捜索は上部に移動、チャンスによる嗅覚作業エリアと交代する形になりました。
限られたエリアだが… 難しい
雪崩遭難現場は山の捜索から考えればかなり狭く限られたエリアです。
しかし、埋没から日数が経ち、あらたな積雪で埋められた雪面は、深い瓦礫や土砂埋没と同様に「臭いがとれない」難しい捜索の一つかも知れません。
左俣谷左岸の斜面を少し登ると、遭難を起こした雪崩谷全体が見渡せます。
V字谷から扇状地が生まれる地形に似ていました。
行方不明のTさんは、この写真の下半分以下のどこかに… 埋まったままです。
なんとか… 早く見つけてあげたい… と思うばかりです。
まだ穴を開けていないエリアで、再びランダムなプロービングを行い、チャンスの鼻に委ねました。
やはり、はっきりした反応はありませんでした。しかし、わずかに気にするポイントがあったため、試しに少し掘り起こし、再び臭いを探ってもらうことにしました。
積雪層上部には、やはり顕著な氷板層が存在していました。
残念ながら、ここでも「臭いを気にする」反応はありませんでした。
捜索活動を終了し、融雪を促すための木炭末散布が行われました。
荷物をまとめ帰路に向かいます。
臭いの出にくい積雪状態の中の捜索は難しい… ということはわかってはいても、良い条件(機会)が生まれることも十分あり得ます。
「冷たい雪の中から、早く見つけ出して、助け出してあげたい… 」
そんな、ご家族や捜索関係者の気持ちに答えられたら… そう願いながら「犬の力」「チャンスの鼻」に期待しての捜索でしたが、残念ながら今回はその「導く条件のカギ」は開きませんでした。